2004年09月21日

女性が作家になる方法

d478a0f4.gif山本容子1952-
yoko yamamoto

「マイ・ストーリー」

私の回りでは、彼女の評判(作品に対して)
はすこぶる悪いが、山本容子は、美術界で
最も知名度の高い作家(版画家)の一人で
ある。
この本は特に”女性”作家にとって一つの
指針を与えるだろう。

マイ・ストーリー

彼女の成功を分析してみると、
1 美人であった
2 作品を作り続けた
3 著名人の愛人であった
4 愛よりもアートを優先した

以上を踏まえて、作家成功の法則は2つである。
1 作品を作り続けること
2 多くの著名人と交流すること

この2つに尽きる。男性には”美人”という武器
はないが、”愛よりもアートを優先”することは
女性に比べて容易である。
山本容子にもし才能があるとしたら、”愛よりも
アートを優先”できたことだろう。

<「山本容子」の誕生>
「いまの「山本容子」が生まれる上で、もっとも
大きな転換点は、やはり「本」というジャンルと
の出会いだった。・・・文芸春秋の松浦伶さんか
ら1987年に、村上春樹訳のカポーティー「おじい
さんの思い出」を絵本にしませんか、という依頼
を受けたのがはじまりである。」

「版画界ではたくさん作品を発表してきたつもり
ではあるが、社会の中では、存在していないと一
緒だった。ところが、発表の軸を文学書の世界に
変えた瞬間、たくさんの人が見てくれる。画廊と
書店の店頭の、ポピュラリティーの差は大きかっ
た。しかも、本を手にとってくれた人がまた、別
のプロジェクトを持ち込んでくれる。わたし自身
は、いままでと同じことをやっているつもりだっ
たのに、反応はびっくりするほど早い。様子があ
まりにも違っていた。」

京都芸大版画家を卒業
25才 木村秀樹先輩に失恋し田中孝先輩と結婚
   4年半で別れる。(作家仲間との結婚)
31才 美術評論家中原佑介(52)と同棲
   14年で別れる
44才 テレビディレクター氏家力氏(42)へプロポーズ
   、結婚。7年で別れる。(女からのプロポーズ)

彼女は十二分に”男”というものを活用した。
必要なものを吸収し終えたとき、別れた。
男達もそれで、納得したことだろう。
また、”女性”が作家になる、ということは
彼女のように生きる以外には、難しい、という
ことも事実である。


panse280
posted at 15:05

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