2004年05月16日

女ぎらいの弁

三島由紀夫1925-1970
yukio mishima

「女ぎらいの弁」

三島氏の以下の”女ぎらい”弁を読んで
果たして、女性はどのような反応をみせる
のだろうか。三島氏の言は、決して特殊な
ものではない。歴史上、古今東西、男性は
大方このように女性を見てきた。
勿論、まともな女性は、鼻で笑って、
男性を手のひらの上で遊ばせてしまう
のだが。


「大体私は女ぎらいというよりも、古い
頭で、「女子供はとるに足らぬ」と思って
いるにすぎない。
女性は劣等であり、私は馬鹿でない女
(もちろん利口馬鹿を含む)にはめったに
会ったことがない。事実また私は女性を
怖れているが、男でも私がもっとも怖れる
のは馬鹿な男である。まことに馬鹿ほど
怖いものはない。
また註釈を加えるが、馬鹿な博士もあり、
教育を全くうけていない聡明な人も沢山
いるから、何も私は学歴を問題にしている
のではない。
こう云うと、いかにも私が、本当に聡明な
女性に会ったことがない不幸な男である、
という風に曲解して、私に同情を寄せてくる
女性がきっと現れる。こればかりは断言して
もいい。しかしそういう女性が、つまり一般論
に対する個別的例外の幻想にいつも生きて
いる女が、実は馬鹿な女の代表なのである。」

「女性は抽象精神とは無縁の徒である。音楽
と建築は女の手によってろくなものはできず、
透明な抽象的構造をいつもべたべたな感受性
でよごしてしまう。構成力の欠如、感受性の
過剰、瑣末主義、無意味な具体性、低次の
現実主義、これらはみな女性的欠陥であり、
芸術において女性的様式は問題なく「悪い」
様式である。私は湿気の高い感性的芸術の
えんえんと続いてきた日本の文学史を呪わず
にはいられない。」

「私は芸術家志望の女性に会うと、女優か
女声歌手になるのなら格別、女に天才という
ものが理論的にありえないということに、
どうして気がつかないかと首をひねらざるを
えない。」


panse280
posted at 19:50

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1. 三島由紀夫についてうんたらかんたら言ってみる  [ キャラメルママBlog 〜映画、音楽、書籍、ニュースetc ]   2004年05月22日 11:36
普段チェックしてる観光堂まで迎えにいらっしゃいさんが「三島由紀夫レター教室」について書かれていて、*日常的ヘンテコ道カタログ*さんは「不道徳教育講座」について書かれていたので、なんとなく今回は三島由紀夫ネタか書こうかなと。 「不道徳教育講座」も「三島由

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