2004年05月12日
013西田幾多郎
西田幾多郎1870-1945
kitaro nishida
「日本初の哲学者<善の研究>」
「愛とは人格的対象の知識である。」
「愛は知の極点である。」
「主観は自力である。客観は他力である。
我々が物を知り物を愛すというのは自力を
捨てて他力の信心に入る謂である。」
「他の人格を認めるということは即ち
自己の人格を認めることである。」
善の研究
kitaro nishida
「日本初の哲学者<善の研究>」
「愛とは人格的対象の知識である。」
「愛は知の極点である。」
「主観は自力である。客観は他力である。
我々が物を知り物を愛すというのは自力を
捨てて他力の信心に入る謂である。」
「他の人格を認めるということは即ち
自己の人格を認めることである。」
善の研究
昔、第一高等学校の学生、藤村 操が華厳の滝に
飛び込んだ話に、「善の研究」を読んで云々という
話があったが、「善の研究」が1911年発表なので
時間があわない。
<日本初の哲学的死:藤村 操1886-1902.05.23>
第一高等学校の学生、藤村 操は、「厳頭之感」を
残して日光・華厳の滝に飛び込んだ。
「厳頭之感」
悠々たるかな天壌(かなてんじょう)
遼々(りょうりょう)たるかな古今
五尺の小躯(しょうく)を以って
此の大をはからんとす
ホレーショウの哲学
ついに何等のオーソリテーを
価するものぞ
万有の真相は唯一言にして尽くす
曰く「不可解」
吾れ此の恨みを懐いて
煩悶終に死を決す
既に厳頭に立つに及んで
胸中何等の不安あるなし
初めて知る
大いなる悲観は
大いなる楽観と一致することになるを
万有の真相は唯一言にて尽くす
曰く不可解
人間とは何か、死とは何か、人生とは何か。
五尺の小躯でいくら考えてもわからない。解くことは出来ない。
煩悶、遂に死を決した。
滝壺の上に立ったとき、
何等の不安あることなし。
初めて知る、大いなる悲観は、
大いなる楽観と一致することを。
飛び込んだ話に、「善の研究」を読んで云々という
話があったが、「善の研究」が1911年発表なので
時間があわない。
<日本初の哲学的死:藤村 操1886-1902.05.23>
第一高等学校の学生、藤村 操は、「厳頭之感」を
残して日光・華厳の滝に飛び込んだ。
「厳頭之感」
悠々たるかな天壌(かなてんじょう)
遼々(りょうりょう)たるかな古今
五尺の小躯(しょうく)を以って
此の大をはからんとす
ホレーショウの哲学
ついに何等のオーソリテーを
価するものぞ
万有の真相は唯一言にして尽くす
曰く「不可解」
吾れ此の恨みを懐いて
煩悶終に死を決す
既に厳頭に立つに及んで
胸中何等の不安あるなし
初めて知る
大いなる悲観は
大いなる楽観と一致することになるを
万有の真相は唯一言にて尽くす
曰く不可解
人間とは何か、死とは何か、人生とは何か。
五尺の小躯でいくら考えてもわからない。解くことは出来ない。
煩悶、遂に死を決した。
滝壺の上に立ったとき、
何等の不安あることなし。
初めて知る、大いなる悲観は、
大いなる楽観と一致することを。