2004年05月11日

源氏物語論

吉本隆明1924-
takaaki yoshimoto
「源氏物語論」

<源氏は、ヤッパつまんねー!>

「「源氏物語」ですぐに心にしみてくるのは?
こう問われたら、季節の移りかわりとおなじ
時鐘の刻みかたで、おもむろに移ってゆく
物語の速さをいうべきか。」

「「源氏物語」は、・・・・苦悩も、恨みも、哀歓も
自然の無意識との調和に転化されてゆく、
いわば自然との和解の物語である。」

「<「源氏」の本当の偉大さは原文でなければ
わからない。そしてその感じがわかるためには、
ある程度以上のスピードで読めるようにならなく
てはいけない。頭をひねりながら判読するのでは
なく、要するに普通に読めなくてはならないので
ある。(E・Gサイデンステッカー「「源氏」の十年」)>

わたしには、「サイデン」はとんだホラを吹いている
としかおもえない。わたしはたぶん、現存する文芸
批評家では、比較的日本古典を読んでいる方に
属しているが、「源氏」の原文を「頭をひねりながら
判読」してみても、たった二、三行すら正確には
判読できない。また「ある程度以上のスピードで
読める(正確にだ)」ような「源氏」研究者が現存
するなどということを、まったく信じていない。」

吉本氏によれば、「源氏」を読みたいと思ったら
与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子訳の中から
(吉本氏推薦は、与謝野訳)選んで、まず「若菜」
を読む、それでおもしろければみんな読んでみたら
よい、と云っている。

川端、谷崎両大家がうなる「源氏」、・・・
くやしいけれど、おもしろくない。
内村鑑三も鴎外、漱石も無視した「源氏」。

死ぬまでに、「源氏」感がどう変わるか楽しみ
でもある。

panse280
posted at 01:03

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