2018年12月08日

武蔵の晩年

「宮本武蔵科学読本」(30)

MUSASHI研究会
( 主婦と生活社)

<武蔵の晩年>
武蔵と中がよかった明石城主忠真は
1632年移封によって小倉に領地を移した。
養子の伊織も家老になってそこにいた。
武蔵も6年間小倉ですごしている。
1640年、熊本藩主・細川忠利に招かれて
小倉をあとにする。
武蔵は忠利の客分として、いまならば
年収800万円でむかえられる。
そこで晩年の書物「兵法三十五箇条」、
「五輪書」を書いている。

panse280
posted at 03:55

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