2017年09月27日

キリスト教誕生

「国家の盛衰」(6)
渡部昇一 shoichi watanabe 1930-2017
本村凌二 ryouji motomura 1947-

2014.10.5 第3刷発行(祥伝社)

<キリスト教誕生>
ローマは本来、多神教が信じられていました。
ところがイエスの出現で、唯一絶対神を信じ、
皇帝礼拝も拒みました。

こんなことが重なって、ネロ皇帝(64年)も、
ディオクレティアヌ帝(303年)はキリスト教
を迫害しましたが、キリスト教は帝国全土に
広がりました。そこでついに313年、コンスタン
ティヌス一世はキリスト教を公認したのです。
その後、ユリアヌス帝(在位379-395)によって
多神教復興政策もありましたが、成果はみられず
教会はさらに権威を高めローマ教皇という正式
名称を頂くのです。ユリアヌス帝は「背教者」
と呼ばれ軽蔑されました。

ユリアヌス帝は高潔な人物でした。彼が目指した
ものは、ローマ人の先祖がもっていた美徳や文明
を復活させてギリシャ人やローマ人の誇りを伝えて
いきたい、ということだったと思います。
彼の眼前には「堕落したキリスト教徒」があふれて
いたことでしょう。

(本村)

panse280
posted at 07:42

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