2017年02月26日

横綱の品格

「横綱の品格」(1)
双葉山 1912-1968
futabayama   

2008.2.15 第1刷発行(ベースボール・マガジン)

<双葉山という人物>
身長180cm、体重135kg
69連勝:1936年- 1939年
連勝が69で止まった双葉山だが、翌5日目に両國、
6日目に鹿嶌洋と3連敗し、9日目には玉ノ海に敗れ
て4敗を喫した(最終的には9勝4敗)。その姿は
小説家の吉屋信子に「まるで負けるのを楽しんでる
みたい」と評され、当人は「動揺するまいと身構え
たところに気付かぬ動揺があったのだろう」と語っている。

続く1939年5月場所も危ぶまれたが、初めて15日制で
行われた本場所で全勝で復活を遂げる。

1945年11月場所で番付に名を残したものの引退。
結果的にその引退は太平洋戦争での敗戦と重なった。
引退後に年寄・時津風を襲名して道場名を時津風部屋
に改称する。

弟子の豊山は停年退職後のインタビューで「現役の頃、
部屋付きの親方衆が「押せ」「投げろ」と力士に対し
てげきを飛ばしているところに、師匠の双葉山関が姿を
見せると「静かにせい」と一喝したという。

1968年11月場所では優勝した大鵬に賜杯を授与したが、
同年12月16日に劇症肝炎のため死去した。56歳没。

「腕相撲をやれば、同じ部屋の羽黒山にも名寄岩にも
負けた。しかし、土俵へ上がると彼の力は十倍にも
二十倍にも活性を加えて作用した」
(舟橋聖一)
「稽古場での強さも群を抜いており、大関以下を相次
いで相手にして相当の番数をこなしても、息が上がる
ことがほとんど無かったという。」

大関時代の成績が全勝(無敗)なのは双葉山のみである。
また、昭和以降に横綱に昇進した者の中で大関を最短所
要場所数で通過したのも双葉山である(所要場所数:2場所)。

panse280
posted at 08:30

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