2017年02月17日

武士は貧乏であるべし

「逆・日本史」(4)
(武士の時代)
樋口清之   
kiyoyuki higuchi 1909-1997

2007.5.25 第8刷発行(祥伝社)

<武士は貧乏であるべし>
家康のシステムは「武士は貧乏であるべし」
ということである。
加賀102万石というと、102万石の収入がある
大名と思い込んでしまうが、誤解である。
つまり、これは「格式」にすぎない。

島津家は77万石だが、最高の格式で御三家と
同列になる。
関ヶ原で敵軍だった島津に最高の格式を与える
のは、「貧乏のなれ」ということだ。

普通の武士でも200石になると殿様とよばれ、
屋敷には長屋門という立派な門を構えなければ
ならない。「格式」は強制出費を意味する。
東大の赤門(加賀藩前田)は将軍家斉の21番目
の娘をもらったときにつくった御守殿門である。

格式は上がったり下がったりするから、その度に
効果な門を作り変えなければならない。じつに
迷惑な出費だった。

大きな屋敷をもらっても、台風で塀が壊れれば、
もう半ば倒産騒ぎになる。持てるものは天候にも
ビクビクして暮らしていたのである。

親藩は収入は多いが、禄高は低かった。

panse280
posted at 07:47

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