2017年02月12日

藤原不比等

「逆・日本史」(9)
(貴族の時代)
樋口清之   
kiyoyuki higuchi 1909-1997

2005.6.10 第5刷発行(祥伝社)

<藤原不比等>
藤原不比等は、ずば抜けた逸材だった。
父の鎌足は大化改新では功があったが、その子
の不比等は特別待遇は受けなかった。
本来中臣氏(藤原氏)は二流の豪族にすぎなかった
から、不比等は下積みの官吏であった。

大宝律令の編纂をやったのが42歳の時で中納言
だったが、それから官位を駆け上がって左大臣
に次ぐ第二位の右大臣になった。その10年後には
太政大臣(正一位)を推されたが固辞した。

不比等は将来、藤原氏が有利になるような皇位
継承の規範と、天皇の絶対性を確立させた。

注)中臣氏
中臣氏は茨城県の鹿島の豪族で大和地方には
住んでいなかったが聖徳太子の頃、突然歴史
に登場する。中臣氏は鹿島神宮に仕え、鉄と
武器を支配した祭祀者であった。
天皇家は天照大神という農業神に仕えた祭祀者
であり中臣氏とは共通点があり、さらに天皇家
は中臣氏の鉄に惹かれたために接近した。

panse280
posted at 18:13

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