2017年01月12日

日本語を捨てよう

「日本語を作った男」(4)

山口謠司 youji yamaguchi 1963-

2016.6.7 第2刷発行(株式会社集英社)

<日本語を捨てよう>
「明六雑誌」は、「日本語を捨てて英語にしよう」
という学者らが集まって明治6年につくられた雑誌
であり、森有礼、福沢諭吉、西周、中村正直、
加藤弘之、外山正一などが会員であった。

当時、日本唯一の大学である東大では、留学しな
ければ博士になることはできなかった。
後の話ではるが、魯迅を教えた藤野先生は留学
しなかったために、仙台医学専門学校が東北帝国大
学に編入されたと同時に解雇された。

1883年(明治16年)、鹿鳴館が薩摩藩装束屋敷
(千代田区内幸町)に建設されて4年に及ぶ
「鹿鳴館時代」は英語が不可欠の時代だった。

panse280
posted at 07:22

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