2016年09月06日

1858年天津条約

「地球侵略の主役イギリス」(6)
--GHQ焚書図書開封10--

西尾幹二 1935-
kanji nishio

2014.12.31 発行(徳間書店)

<1858年天津条約>
天津条約ではイギリスはシナに「アヘンを輸入品と
すること」を認めさせました。治外法権も認めさせ
ました。
天津条約は英国の侵略をシナの内地まで及ぼす事を
承認したものです。

アヘンの輸入が禁止されたのは1729年でしたが、
1858年には公然たる輸入品になります。
禁止されたのは1917年、辛亥革命以後の中華民国
になってからです。

南京条約、天津条約さらに北京条約とイギリスは
さらにシナを苦しめます。例えば、天津条約では
賠償金400万両だったのを北京条約では800万両にし
ろ、というのですから、そのやり過ぎにアメリカさ
えも注意したほどです。
しかし、当時アメリカは若くて力もない国でしたか
らイギリスは聞く耳を持ちませんでした。

彼らヨーロッパ人は世界のいたるところでこういう
狼藉を働いていたのです。

北京条約では「シナの労働者がイギリス人に雇われて
海外に渡航することを認める」ともあり、中国人は
奴隷となって世界中に送り出されました。アメリカ
の大陸横断鉄道では枕木一本に中国人一人が死んでい
るといわれるほど、過酷な労働、低賃金でした。

ロンドンやマンチェスターの繁栄はインドとシナの
大資源によって築かれました。

当時の日本はシナにイギリス、フランス、アメリカが
強制したことの何十分の一も要求しないのに百倍の
恨みを買い、今日に反日につながっています。
日本は当時、統一体としてのシナを守ろうとしたので
すが猜疑心が強くなっている中国は日本の好意さえ
疑いました。


panse280
posted at 10:54

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