2016年08月30日

科挙のおわり

「地球日本史(3)」(18)

責任編集 西尾幹二 1935-
kanji nishio

2005.5.20 3刷発行(扶桑社)

<科挙のおわり>
それまで1200年間、科挙の試験で官僚を選抜
していたが、一気に日本留学帰りの人材を登用
することになった。

日清戦争の翌年(1896年)から毎年、多いときは
数千人の清国人留学生が日本に押し寄せた。

こうして明治の日本文明は怒濤の勢いで中国へ
流れた。

現在の中国語に大半の日本語(例えば、国民、国家、
中国、支那、・・・)が入っているのはそのせい
でもある。

言葉では、清国人留学生は、日本では話し言葉が
そのまま文章になることを発見して衝撃をうけた。

panse280
posted at 11:44

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