2015年12月13日

稲垣足穂

「貧乏は幸せのはじまり」(3)

岡崎武志 1957-
takeshi okazaki

2014.7.10 第1刷発行(ちくま文庫)

<稲垣足穂>
便所紙を火にあぶって醤油をつけて食べたり、
食うものがない時には、水で腹をみたす生活
をしていた。
親が死んでも帰る金は当然ない。
火鉢はあるが炭はない。寒い時には、雨戸を
こわして火をつけて暖をとった。

レストランに入れば、ライス注文してソースを
かけてたべた。

49才で篠原志代と結婚。足穂が持っていたものは、
ふろしき包み一つ。中身は焼酎の空き瓶と原稿用紙。

「本人は金がなくて生きられなかったら、生きなくて
いい、という考え方の人だった」(篠原志代)
生活費はすべて夫人が出していた。

68才の時に出した、「少年愛の美学」が第一回日本
文学大賞を受賞して注目された。
住まいは、四畳と二畳の粗末なものだった。
74才の時、妻を亡くし、寝たきりの状態になる。

身辺はますます物がなくなり、「ものがあるのは
重荷だ。そのものに縛られて不自由になる」と
足穂はいう。

panse280
posted at 07:16

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