2015年08月21日

平仮名

「物語日本史(上)」(17)

平泉澄 1895-1984
kiyoshi hiraizumi

1998.6.22 第31刷発行(講談社学術文庫)
初版は1970年出版の「少年日本史」(平泉氏76歳)

<平仮名>
延暦19-21年(800-802)富士山噴火
延暦23年(804)最澄、空海入唐

延暦25年(806)正月、朝廷の規定に、僧侶は
法華経と金光明経とを、漢音でも読めば、訓でも
読まねばならぬ、と定めました。

例えば、「二月三月日遅々」を
「きさらぎ、やよひ、ひうらうら」と読んだ。

「いろは歌を作られたのは弘法大師である」と
云ったのは百数十年後の源信僧都であるが、
814年の「凌雲集」に空海の功績に感激して
仲雄王が「字母、三乗を弘め、真言、四句を演ぶ」
とあり、その四句とは、「いろは歌」をさすと
いわれています。

・いろは歌
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず

panse280
posted at 19:21

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