2015年06月05日

吾輩の忍び術は天下無双である

「吾輩は猫である」(18)

夏目漱石 1867-1916
sohseki natsume

2009.9.15 第10刷発行(新潮文庫)
--漱石の文章を味わってみる--

<吾輩の忍び術は天下無双である>

「猫の足はあれども無きが如し、どこを歩いても
不器用な音のした試しがない。空を踏むが如く、
雲を行くが如く、水中に磬(けい)を打つが如く、
洞裏(とうり)に瑟(しつ)を鼓するが如く、
醍醐の妙味を嘗めて言詮(ごんせん)の外に冷暖
を自知するが如し。
・・・
行きたい所へ行って聞きたい話を聞いて、舌を出し
尻尾をふって髭をぴんと立てて悠々と帰るのみである。
ことに吾輩はこの道に掛けては日本一の堪能である。
・・
吾輩の尻尾には神祇釈教恋無常は無論の事、満天下
の人間を馬鹿にする一家相伝の妙薬が詰め込んである。
金田家の廊下を人の知らぬ間に横行する位は、仁王様
が心太(ところてん)を踏み潰すよりも容易である。
・・
これも普段大事にする尻尾の御陰だなと気がついて
みると只置かれない。吾輩の尊敬する尻尾大明神を
礼拝してニャン運長久を祈らばやと、一寸低頭して
みたが、どうも少し見当が違う様である。
・・
尻尾の方を見ようと身体を廻すと尻尾も自然と廻る。
・・
成程天地玄黄を三寸裏に収める程の霊物だけあって、
到底吾輩の手に合わない、尻尾をめぐる事七度び半
にして草臥(くたび)れたからやめにした。」

panse280
posted at 18:08

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