2015年02月03日

「明暗」と則天去私

「漱石の思い出」(20)

夏目鏡子述 1877-1963
kyoko natsume

2009.10.25 第7刷発行(文春文庫)

<「明暗」>
1916年(大正5年)12月9日に漱石は亡くなるのだが、
その年の話である。

正月、このころ漱石はすっかり老けこんで、髪も
髭もすっかり白くなっていました。
四月には、糖尿病と診断されました。
夏ごろから、なんとなく生気がなく、気のせいか
背中の肉が日毎に落ちてく気配がします。
11月にはめっきり痩せ衰えておりました。
ところが、創作のほうは油が乗っている様子で、6月
から書きだした「明暗」をきちんと一回分ずつ午前
に書き上げて、ポストに投函していました。
午後は、小説ばかり書いていると頭が俗になると
申して、漢詩を作っていました。
「明暗」には自信をもっていたようです。
自信の口吻を洩らしたり、則天去私などということ、
悟りとか道とかいうようなことなどをしきりにお話
しして、非常に意気込んでいました。

「明暗」を書き終わったら、大幅の三幅対の絵を描く
などと申しておりました。

また、以前大学で講義した「文学論」はダメで、よう
やくこのごろになって自分の文学観といったものが
できたから、もう一度、名誉回復に教壇にたってみたい
と申しておりました。

panse280
posted at 20:00

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