2015年01月21日

夏目金之助の由来

「漱石の思い出」(7)

夏目鏡子述 1877-1963
kyoko natsume

2009.10.25 第7刷発行(文春文庫)

<夏目金之助の由来>
漱石は慶応三年正月五日、申の日の申の時に
生まれました。
申の日の申の時に生まれたものは、昔から
大泥棒になると云われていて、それを防ぐには、
金偏のついた字をつければよいという言い伝え
があって、「金之助」とつけられたそうです。

そのかわりえらくなればたいそう出世するもの
だというのです。

漱石は父54歳の時の子で、乳を求めて里子に出さ
れました。乳離れのするまで古道具屋に預けて
おかれました。
金之助3歳の時、塩原へ養子に入りました。塩原は
もと夏目の家に書生をしていたものです。
塩原夫婦は喧嘩ばかりで、一番上の兄が心配して
金之助を夏目の家に引き取りました。7歳の時です。

夏目家にもどっても、金之助の苗字は「塩原」で
した。明治21年、大兄が亡くなったのをきっかけ
に「養育料筆墨料240円」を塩原に払って「夏目」
に苗字になりましたが、その後、漱石が出世する
にしたがって、塩原からの金の無心(ねだること)
が続きました。ていのいいユスリです。
結局出す義理はないのだけど、100円で今後一切
文句はいわないこととしてケリをつけました。
こうして明治31年(1898漱石31歳)が暮ました。

注)明治30年頃、小学校の教員やお巡りさんの
初任給は月に8〜9円ぐらい。一人前の大工さんや
工場のベテラン技術者で月20円ぐらいだったようです。
このことから考えると、庶民にとって当時の1円は、
現在の2万円ぐらいの重みがあったのかもしれません。

panse280
posted at 16:07

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