2014年08月17日

中国・韓国・朝鮮の儒教

「仏教・神道・儒教集中講座」(27)
井沢元彦 1954-
motohiko izawa

2012.10.10 第4刷発行(徳間文庫)

<中国・韓国・朝鮮の儒教>
開祖は孔子です。
葬儀における位牌は、仏教から出たものでは
なくて、儒教からでたものです。
儒教とは「先祖崇拝」をかたちにしたものです。

「孝」を第一義とする儒教では、年寄りになるほど
大切にされますから、日本の「姥捨山」は想像する
ことができません。
食糧がなくてお婆さんを捨てるくらいなら平気で、
子供をすてる。これが儒教です。

儒教は賊というものは、どこまでいっても賊なのです。
罪人として死んだ人間は、未来永劫罪人なのです。

「東京裁判」でいうところの「A級戦犯」が靖国神社
の祀られていることが中国・韓国側から言えば問題だ、
ということですが、これは儒教の考え方です。
日本人はたとえ「A級戦犯」が犯罪人だとしても、
一向にかまわないのです。これが神道の考え方です。
つまりこの問題は、儒教と神道の宗教戦争なのです。

私注)<裁判の受諾と「判決」の受諾は違う>(渡部昇一)
外務省の官僚ですら理解できていない、
「裁判を受け入れること」と「判決を受け入れること」
の違い。

ソクラテスは「裁判」を受け入れていなかったが、
「判決」は受け入れて死んだ。

「東京裁判」でA級戦犯とされて被告になった人は、
「裁判」は認めていないが「判決」は受け入れた。
「裁判」と「判決」の違いを正しく理解しないといけない。

正確にいえば、我々が受け入れたのは「諸判決」であって
「東京裁判」ではないんです。

panse280
posted at 17:18

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