2014年02月27日

信長の武士道革命

「信長」(4)
--近代日本の曙と資本主義の精神--
小室直樹 1932-2010
naoki komuro
2010.6.2 第1刷発行 (株式会社ビジネス社)

<信長の武士道革命>
戦国時代の武士道とは常に私利私欲に根ざしていた。
「一所懸命」という言葉は、一つの所領を守るために
命を懸けることで、私欲を充足させることだった。

本能寺に於ける信長の家来の働き振りは、特筆する
価値がある。それほどまでに、信長は士心を得ていた
と言うべきか。否、信長は、「武士道」の革命に
成功したのである。

戦国武士は、光秀が正しいのか秀吉が正しいのか、
判断できなかった。戦国「武士道」は、常に相対的で
あった。状況的であった。

信長は、家来に、絶対的忠誠を要求した。信長は
新武士道を作り上げた。信長武士道は、赤穂浪士を
経て、勤王の志士の精神に至った。

徳富蘇峰は書く。「逸走したる中には、わずかにヤソ
経宣教師より進呈したる、黒奴の従僕らを数えるのみ
であった。」

黒人ほどの目立つ人間すら脱出できた。坊主も宝を
もって脱出している。誰でもうまく立ち回れば脱出
できた本能寺であるが信長の身辺の者で脱走した者
はいない。

信長以前、日本に「玉砕の思想」など存在しなかった。

panse280
posted at 19:35

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字