2014年01月19日

松蔭の教育

「歴史に観る日本の行く末」(18)
小室直樹 1932-2010
naoki komuro
1999.2.25 第20刷発行 (青春出版社)

<松蔭の教育>
松蔭(1830-1859)の先生は玉木文之進である。
玉木文之進は、幼児の年令も能力も無視した教育を
松蔭にほどこした。見ているほうが耐えられないほ
どであった。

松蔭が5才で吉田家の養子になった翌年、吉田大助が
没して、吉田家を継いだ。その年には大塩平八郎が
「洗心洞箚記」を刊行した。西郷隆盛の愛読書として
有名で、松蔭も読んでいる。
大塩平八郎の乱が起きたのは松蔭8才の時である。
18才で松蔭は山鹿流軍学の免許皆伝を受けた。

松蔭の教育方針とは、「彼の眼中師弟なし、ただ盟友
あり」(蘇峰)で、常に「先生」という立場をとらず、
一緒に学ぶ仲間として、弟子に接してした。

松蔭は10才の子供にも、天下国家を語り、大人子供の
区別なく対等な人間として扱っている。
ここに、教育の秘訣がある。

松蔭による教育を理解する鍵は、奇蹟にある。
米艦に乗り込むことに失敗した松蔭は獄に入る。
その期間はわずか10日あまり。牢には、狼のような
人間がいると思われていた。その狼たちが、松蔭の
道徳教育に感動して涙を流したのだ。

その後、松蔭は江戸から長州へ移送されるが、その
道中、警護の役人に大儀を説いて、役人の表情がかわる
ほど感激させた。長州、野山獄でも獄内を感動の学舎に
変えた。


panse280
posted at 18:33

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字