2014年01月14日

武士道の確立--赤穂浪士

「歴史に観る日本の行く末」(13)
小室直樹 1932-2010
naoki komuro
1999.2.25 第20刷発行 (青春出版社)

<武士道の確立--赤穂浪士>
戦国時代の日本に「君臣の義」という概念はなかった。
武士が戦場において働くのは加増、感状、立身出世を
なすためであった。無報酬の献身的奉仕は全く考えられ
なかった。

この感情的武士道を安定化させるために家康は朱子学を
導入した。朱子学によって、「君臣の義」を根本とする
武士道が確立されてゆく。その完成をみたのが、赤穂浪士
である。

朱子学の感化は全日本をおおった。山崎闇斎は、朱子学
の論理をつきつめて、天皇こそ真の日本の君主であると
の教義をもつ「崎門の学」を確立した。

赤穂義士は武士道のお手本となった。

補記:
「完本 梅干と日本刀」(樋口清之)
<赤穂浪士の人気の秘密>
赤穂藩は、藩明け渡しの時、領民に発行して
いる赤穂藩の藩札の回収を徹底して行った。

この民衆に迷惑をかけたくない、という良心的
な行動が赤穂浪士の人気の秘密である。

大石の徹底ぶりはすごかった。換金されなかった
赤穂藩札はたった2枚しかない。他藩では何万枚
も残っているし、維新を口実に全部紙クズにした
のが実情だったのだ。

忠臣蔵人気の背景には民衆に対する徹底的な誠意、
”残った藩札二枚”の快挙があったのである。

残った藩札二枚は、現在、華岳寺と日本銀行に
保存されている。

panse280
posted at 19:51

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