2014年01月08日

尊皇思想

「歴史に観る日本の行く末」(7)
小室直樹 1932-2010
naoki komuro
1999.2.25 第20刷発行 (青春出版社)

<尊皇思想>
ペリー来航の時、日本ではすでに、尊皇思想は、深く
広く、日本全国にゆきわたっていた。

「崎門の学(山崎闇斎の学問)によって尊皇思想は
基礎をつくられた。崎門の学は水戸学の理論的骨格と
なり、水戸学を媒体として日本に広まっていった。」

頼山陽の「日本外史」も尊皇思想の普及に大きく貢献した。

崎門の学と並んで、山鹿素行の学問も重要な意味をもった。

<松蔭の登場>
危機せまる日本において、幕府も学者・知識人も本気で
憂える者はいなかった。
「体制学者たる林家や佐藤一斎などは言うまでもなく、
それまで尊敬していた学者まで、いざとなると、日和見主義
に堕して、幕府に追従したのであった。かって彼が学んだ
安積艮斎(あさかごんさい)や、昔敬服していた山鹿素水も
例外ではなかった。」

松蔭は危機との対決に役立たない学問をすべてなげすてた。

蘇峰は松蔭の登場に「天が我々に与えた革命家にあらずして
何ぞや」

panse280
posted at 20:09

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