2013年12月20日

読書について(小林秀雄)

「読書について」(1)
小林秀雄 1902-1983
hideo kobayashi
2013.9.25 初版発行 (中央公論新社)

<読書について>
小林は高校時代、電車内で読む本、授業中にこっそり
読む本、家で読む本など区別して平行して読んでいた。
当時の旺盛な知識欲は、「到底一つの本を読み了って
から他の本を開くという様な悠長な事を許さなかった
のである。」

「濫読の害という事が言われるが、こんなに本が出る
世の中で、濫読しないのは低脳児であろう。」

「濫読の一時期を持たなかった者には、後年、読書が
ほんとうに楽しみになるという事も容易ではあるまい
とさえ思われる。」

「書くのに技術が要る様に、読むのにも技術が要る。
・・作家と言われる様になった人達の間でも、読む
事の上手な人は意外に少ないものだ。」

「「文は人なり」という言葉があるのだが、この
言葉の深い意味を了解するのには、全集を読むのが、
一番手っ取り早い而も確実な方法なのである。
・・・
そうすると、一流と言われる人物は、どんなに色々な
事を試み、いろいろな事を考えていたかが解る。
・・・
(そのうちに)その作家の傑作とか失敗作とかいう
様な区別も、別段大した意味を持たなくなる、と
言うより、ほんの片言隻句にも、その作家の人間全部
が感じられるという様になる。これが、「文は人なり」
という言葉の真意だ。」


panse280
posted at 20:24

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