2013年09月15日

第16章「超西欧的まで」1987

「吉本隆明、自著を語る(上)」(16)
吉本隆明  1924-2012
takaaki yoshimoto

2012.12.24 初版発行(ロッキング・オン)

<第16章「超西欧的まで」1987>
--アジア的と西欧的(小林秀雄、ドストエフスキー、
親鸞など)--

・西欧的なものの限界がみえてきた時代
・資本主義から超資本主義の時代
・アフリカ的段階、アジア的段階、西欧的段階

「西欧は西欧的段階に固執するために、グローバル
という言葉を編み出しました。しかし、それは
アメリカ的な段階、あるいは西欧的段階のひとつに
過ぎず、僕(吉本)はそう簡単にグローバルと言わ
ないでもらいたい。」

ドストエフスキーが日本人に受けるのは、彼の作品
に含まれる「アジア的」な部分だが、西欧人はそこ
の評価は低い。

西欧がアフリカ的段階を単に、未開発、野蛮という
ふうに理解している限り、世界の混乱は続くだろう。

西欧的段階はきわめて合理的だが、情緒とか情操、
執念とか執着という非常に細かいところがすっかり
抜け落ちている。
彼らから見れば、アフリカ的段階の天皇制と高度資本
主義社会が共存している日本は全く理解できないの
である。
「そうした西欧的なものに疑問を感じたのがマルクス
です。・・(ヘーゲルはアジアを小さく見過ぎている)」

panse280
posted at 18:51

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