2013年08月20日

徳富蘇峰1863-1957 94歳

「人間臨終図巻(3)」(193)

山田風太郎 1922-2001
fuutaro yamada

2001.05.15 初版(徳間文庫)

<徳富蘇峰1863-1957 94歳>
明治から昭和にいたる、この三代を一人にして
代表する日本人をあげるとすれば、彼こそが最適
の第一人者に相違ない。

蘇峰は、55才からライフワーク「近世日本国民史」
を書き始めた。

97巻「西南戦争・熊本城攻守篇」を書いた時、昭和
二十年八月十五日を迎える。

「昭和二十年八月十五日は、実に我が皇国に取りて、
永久に記念すべき悪日である」

蘇峰は戦犯こそ免れたが追放令は免れなかった。

昭和26年、小学校教師団の「国民史は何を目的と
して書かれたか」という質問に、「日本人の立体的
大肖像画を描くつもりであった」と答えた。

かって書くはしから出版された国民史は、戦後、彼
が生きているうちは、一冊も刊行されなかった。

昭和27年、90才で彼はようやく100巻目を書き終えた。
「せめて曲がりなりにも一応の結末をつけたり」
しかし、彼の壮大なライフワークは、その1/4にも
足らずに挫折したのである。

彼の「近世日本国民史」は、戦後の史家に、それが
皇室中心主義者徳富蘇峰の史書であるがゆえに、表面
黙殺されつつ、実は大いに利用されているという。
何よりもそこには、当時の大蘇峰にしてはじめて使用
し得た史料が満載されているからである。

94才、蘇峰の死は大往生であった。

追記:数学者岡潔さんは、「岡潔随筆集」の中で、
「日本民族とはどういう集団生活であるかを調べ
始めた。私はそれを主として日本歴史(主として
「近世日本国民史(徳富蘇峰)」)と芭蕉の俳句、
万葉集、古事記という日本の三大文学によって
しらべた。」と書いている。

panse280
posted at 19:40

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