2013年08月15日

2013.08.15終戦記念日

終戦記念日
1945年8月15日:玉音放送(昭和天皇による終戦の詔書
の朗読放送)により、日本の降伏が国民に公表された日。

米・英・仏・露等はポツダム宣言に調印した9月2日を
対日戦勝記念日としている。

本日は戦争・憲法について過去の本BLOGから印象に残った
ものを紹介します。

<戦争について:ドストエフスキー>
「血は恐らく戦争がなくても非常に多く流されるものだ。
或る場合には、総ての場合とはいわぬ。例えば内乱
などは例外だが、戦争というものは、最少の流血と、
苦痛と、損害とを以って国民間の平和を獲得し、幾分
でも国民間の健全な関係を定める行動である事を信じ
給(たま)え。

勿論これは悲しい事だ。が、そうだからと言って、では
どうしたらいいか。無期限に苦しむより、いっそ剣を抜い
て了った方がいいのである。文明国民間の現代の平和が
戦争より何処がいいと言うのか。そればかりではない。

人間を獣にし残酷にするのは、戦争ではなく寧ろ平和、
長い平和だ。長い平和は常に残酷と卑怯、飽く事を
知らぬ利己主義を生む。就中、知識の停滞をもたらす
事はなはだしい。長い平和が肥やすものは投機師だけ
である。」(1877年4月「作家の日記」ドストエフスキー)

<戦争のやり方:鈴木大拙>
「欧米人の戦争観は日本人のと違う。日本では”人”を
戦争の主体としているが、欧米人に在りては戦争は”力”
の抗争である。
それ故、力が尽きれば降参して、お互いに無益の流血を
避ける。・・・・
日本人の戦争は”力”の争いでなくて”人”の争いであ
るから、どんなことがあっても降参せずに自殺してしまう。
それが名誉の戦死だということになる。欧米人の間では
降参は恥辱でも何でもない、力のないのに抗争を続ける
ということは頗る非合理である、と考える。」

<現・憲法の背後を貫いているもの>
<日本が敗れた日の「ニューヨークタイムズ」社説>
--唯一白人に刃向かった有色人種である日本人が二度と
立ち向かえないように--
「この怪物は倒れはしたが、決して命を失っておらず
、未だ非常に危険な存在だ。よってこの怪物の牙と骨
を徹底的に抜き去り、解体しなければならない。この
作業は戦争に勝つよりむずかしいかもしれないが、
われわれはアメリカのために、世界のためにも永久に
でも、この作業を続けなければならない。」

この米国の思いが日本国憲法です。この憲法がある限り
永遠に、日本は米国の管理下に置かれ、「怪物の牙と
骨」を徹底的に抜かれ続けるのである。

<お知らせ>
8月29日に「天皇に捧ぐ憲法改正」(三島由紀夫)が
毎日ワンズより刊行されます。


panse280
posted at 23:27

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