2013年03月20日

竹久夢二1884-1934 50歳

「人間臨終図巻(機法廖44)

山田風太郎 1922-2001
fuutaro yamada

2001.03.15 初版(徳間文庫)

<竹久夢二1884-1934 50歳>
美人画で人気を得た夢二も昭和に入ると、恋いの
スキャンダルで急速に人気を失い、商業美術の
営業化にも失敗してゆきずまった。
外国に出たが、アメリカで絵は一枚も売れず、
ヨーロッパでも失意の日を送り、結核を発病した。

帰国後、正木博士の好意で富士見高原療養所に
入った。夢二には治療費はなかった。

夢二は肉親者が一人も見舞いに来ないのをひどく
気にした。

看護婦長遠藤ミサオは「・・ずいぶん貧乏したよう
で、だれひとりお見舞いに来ない、寂しい人でした。」

末期にはものすごい悪臭を発する肺エソを起こし、
黒いブドウ色の痰を半日でコップ一杯分も吐くよう
になった。死ぬ前夜、夢二は涙を流して泣いた。
それは肉親の者のついに来ないことをくやしがって
であった。

panse280
posted at 19:13

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