2013年02月13日

中原中也 1907-1937 30歳

「人間臨終図巻(機法廖9)

山田風太郎 1922-2001
fuutaro yamada

2001.03.15 初版(徳間文庫)

<中原中也 1907-1937 30歳>
昭和11年11月、中也は2歳の長男を亡くしてから
精神異常をきたし、千葉の精神病療養所に入れら
れたが勝ってに帰宅した。
10月4日、頭痛と視力障害を訴え、6日に鎌倉養生院
に入院。やがて結核の悪化による急性脳膜炎で眼球
が異様にふくれあがり、うわごとをいうようになった。

友人小林秀雄(35歳)は病院に詰めきりで看病し、
河上徹太郎(35歳)は毎日東京から見舞いに通った。

10月23日、午前零時10分、息をひきとった。

国民は、のちに昭和前期の代表的詩人の評価を受ける
ことになる詩人の死をほとんど知らなかった。

<シューベルト1797-1828 31歳>
生きている間、彼の才能はほとんど認められず、友人
と同居して食べさせてもらわなければならないほど
彼は貧しかった。

レストランでの食事で中毒をおこして以来、彼は
ほとんど物を食わなくなった。衰弱、発熱、意識障害
・・・「いや、それはちがう。ここにはベートーベン
は寝ていない」とわけのわからないことをいい、また
壁をなでてつぶやいた。「ここが私の最後だ」
19日午後3時彼は死んだ。

彼の死は新聞にも報道されなかった。

panse280
posted at 20:05

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字