2012年07月11日

市ヶ谷での最期の叫び

「三島由紀夫 ロゴスの美神」(1)
三島由紀夫  1925-1970
yukio mishima
山内由起人 編
2003.07.31 発行(岳陽舎)

<市ヶ谷での最期の叫び>
「われわれは4年待った。最期の1年は熱烈に待った。もう
待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと
30分、最後の30分待とう。共に起って義のために共に死ぬの
だ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重
のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何
の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を
諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。
日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを
骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないの
か。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれ
は至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇える
ことを熱望するあまり、この挙に出たのである。」
(昭和45年11月25日、市ヶ谷陸上自衛隊東部方面総監部の
バルコニーにおいて、自衛隊員に向かって叫ばれた。
直後、三島由紀夫は割腹自殺した。)

三島が訴えようとしたのは、憲法違反の状態に置かれている
自衛隊が真の国軍となって、天皇を中心とする日本という国
を守ろうというものである。

panse280
posted at 21:13

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字