2012年07月04日

二・二六事件

「日本人養成講座」(8)
三島由紀夫  1925-1970
yukio mishima
1999.10.8 第一刷発行(株式会社メタローグ)

<二・二六事件>
「・・・たしかに二・二六事件の挫折によって、何か
偉大な神が死んだのだった。当時十一歳の少年であった
私には、それはおぼろげに感じられただけだったが・・
二・二六事件は、無意識と意識の間を往復しつつ、この
三十年間、たえず私と共にあった・・・
二・二六事件の悲劇は、方式として北一輝を採用しつつ、
理念として国体を戴いた、その折衷性にあった。挫折の
真の原因がここにあったということは、同時に、彼らの
挫折の真の美しさを語るものである。この矛盾と自己撞
着のうちに、彼らはついに、自己のうちの最高最美の
ものを汚しえなかったからである。・・・この純潔こそ
、彼らの信じた国体なのである。
・・・
思うに、一億国民の心の一つ一つに国体があり、国体は
一億種あるのである。軍人には軍人の国体があり、それ
が軍人精神と呼ばれ、二・二六事件蹶起将校の「国体」
とは、この軍人精神の純粋培養されたものであった。
・・・
かくも永く私を支配してきた真のヒーローたちの霊を
慰め、その汚辱をそそぎ、その復権を試みようという
思いは、たしかに私の裡に底流していた。しかし、その
糸を手繰ってゆくと、私はどうしても天皇の「人間宣言」
に引っかかざるをえなかった。
・・・
どうしても引っかかるのは、「象徴」として天皇を規定
した新憲法よりも、天皇御自身の、「人間宣言」であり、
この疑問はおのずから、二・二六事件まで。一すじの影
を投げ、影を辿って「英霊の声」を書かずにはいられな
い地点へ、私自身を追い込んだ。
・・・
かくて私は、「十日の菊」において、狙われて生きのびた
人間の喜劇的悲惨を描き、「憂国」において、狙わずして
自刃した人間の至福と美を描き、・・・さらに「英霊の声」
では、死後の世界を描いて、狙って殺された人間の苦患の
悲劇をあらわそうと試みた。」

panse280
posted at 21:43

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