2012年06月23日

女は低級である

「生きる意味を問う」(20)
--私の人生論--
三島由紀夫  1925-1970
yukio mishima
1997.9.18 初版発行(学陽書房・人物文庫)
(1984年単行本として大和出版より刊行されたもの)

<女は低級である>
「私(三島)が大体女を低級で男を高級だと思うのは、
人間の文化というものが、男の生殖作用の余力を傾注し
て作り上げたものだと考えているからである。
・・・
(性交のあとの)悲しみは、女には少く、男には甚だしい
のが常であって、人間の文化はこの悲しみ、この無力感
と死の予感、この感情の剰余物から生まれたのである。
・・・
男は取り残される。快楽のあとに、妊娠の予感もなく、
育児の希望もなく、取り残される。この孤独が生産的な
文化の母胎であった。したがって女性は、芸術ひろく
文化の原体験を味わうことができぬのである。
文化の進歩につれて、この孤独の意識を先天的に持った
者が、芸術家として生れ、芸術の専門家になるのだ。
私は芸術家志望の女性に会うと、女優か女声歌手になる
のなら格別、女に天才というものが理論的にありえない
ということに、どうして気がつかないかと首をひねらざる
をえない
・・・
あらゆる点で女は女を知らない。いちいち男に自分のこと
を教えてもらっている始末である。
・・・
もっとも女が自分の本質をはっきり知った時は、おそらく
彼女は女ではない何か別のものであろう。」

panse280
posted at 19:21

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