2012年05月28日

自由の立体性

「文化防衛論」(12)

三島由紀夫  1925-1970
yukio mishima
2006.11.10 第1刷発行(ちくま文庫)

<自由の立体性>
「日本の自由というものはその自由自体がただ
平面的な自由であって、そこに何ら立体性がない。
自由の立体性というのは変なことばですが、歴史
の連続性とか、そういう反省がないので、自由が
あくまで一つの平面の上でお互い戦っているという
感じがする。私(三島)は日本の一貫した連続性は、
皇室中心の文化というものが昔からあったと考えま
すので、・・・日本の天皇制というものはそういう
自由な文化概念とごく折れ合うようにできている
ものなんだ、それをみんなが忘れているのだという
反省を促したことがあります。
・・・
日本が文化の上で自由過ぎるということは、その
自由の器(うつわ)というものを我々がまだ意識
していないからではないか、日本の歴史伝統の中
には、その自由をすっぽり入れるような器がある
んだ、それが文化的天皇制というものの本質だと
いうことを前に書いたことがあります。」

「フランスは、ドゴール政権が公共テレビを独占
していまして、朝から晩までテレビはドゴールの
演説をきいてなければならん。
・・・
現実の日本における言論の自由は、世界的にみて、
目茶苦茶なほど高度なものだといえるのではないか。
・・・」

(昭和43年10月3日「早稲田大学大隈講堂」)

panse280
posted at 20:54

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