2012年03月25日

王陽明

「行動学入門」(9)

三島由紀夫  1925-1970
yukio mishima
1995.1.20 第22刷発行(文春文庫)

--革命哲学としての陽明学--

<王陽明>
王陽明は足利時代の末期にあたる明の時代の人である。
書で有名な王義之の子孫で、知性主義を脱却した人である。

王は朱子を学んだが、落ち着かない。その後、「五溺」
(任侠道、武道、文章道、占術、仏教)に凝る。
28歳で進士試験に及第して役人となるが、宦官と衝突して
島流しにされる。そこで、「格物致知」の解釈を得る。
39歳で帰都、46歳のとき、軍務総督、このとき門人に
送った手紙に有名な「山中の賊を敗るは易く、心中の賊を
敗るは難し」という言葉がある。宦官の中傷によるえん罪
も49歳でやっとはれた。
50歳で「致良知」の教法を掲げる。50〜56歳で陽明学を
完成させる。56歳の5月討伐命令が下り、大乱を鎮定し、
その帰途病で死す。
王陽明の生涯は、征伐につぐ征伐の生涯であり、また、
宦官からの誹謗中傷との戦いだった。
陽明学は、日本では中江藤樹から熊沢蕃山を経て、大塩
平八郎、西郷隆盛、と続き乃木希典大将の死によって、
日本の現代史の表面から消えていったように思われる。

「陽明学的な行動原理が日本人の心の中に潜む限り、これ
から先も、西欧人にはまったくうかがい知れぬような
不思議な政治的事象が、日本に次々と起こることは予言
してもよい。」

panse280
posted at 19:00

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