2012年02月27日

痴漢を歓迎すべし(1)

「不道徳教育講座」(8)

三島由紀夫  1925-1970
yukio mishima
2010.5.15 改版25版発行(角川文庫)

<痴漢を歓迎すべし>(1)
「女性の心理で、われわれ男性に、どうしても
納得の行かないことがあります。それは、
「あなたが欲しかったのは、私じゃなくて、私の
体だけだったのね。汚ならしい。あなたはケダモノ
だわ」というような怒り方をすることです。

これを逆に考えて、かりに男が、「君が欲しかった
のは、俺じゃなくて、俺の体だけだったんだな。
汚ならしい。君はケダモノだ」と言ったとすると、
何だかピンとこない。
・・・
男というものは、もし相手の女が、彼の肉体だけを
求めていたのだとわかると、一等自尊心を鼓舞され
て、大得意になるという妙なケダモノであります。
・・・
ところが女性は全然ちがうらしい。
彼女たちは、「私」のほうが「私の体」よりも、
ずっと高級な、美しい、神聖な存在だと信じている
らしい。
・・・
これを説明するには、サルトル先生ならびにシモオヌ・
ボーヴォアール先生の説が最も適切であると思われる
ので、ここで両先生の説を通俗化して拝借すること
にします。
女というものは、両先生によると、男の性欲の主体的
なのに比して、主体の対象としての「物」、いわば
オブジェになってしまうところに存在理由があるので、
愛されるときには自分の主体性を捨てなければならぬ
ように躾(しつ)けられている。しかるに男は、主体
そのものであって、愛するときも主体を失わない。
「物」になってしまうということがない。
・・・
女性は、何とか主体性を回復したいと思っているので、
自分の肉体だけを愛されることを侮辱と感ずる。何故
なら男の性欲は、いやが応でも、女性の肉体を、対象化
し、「物」化し、オブジェ化し、以てその主体を剥奪
するようにできているからであります。
・・・
女性が自分の肉体について持っている考えは二重になって
おり、「私の体は美しいわ」という自信は、ともすると
個性とかかわりのない、「女一般の肉体としてすぐれて
いる」という感じ方にすぐつながるらしい。

女性は自分の肉体に、終局的に、個性と主体性を自ら
みとめない傾向がある。これが女性が流行に弱い一つ
の理由でもあります。

とにかく女の人が自分の体に対して抱いている考えは、
男とはよほどちがうらしい。その乳房、そのウェイスト、
その脚の魅力は、すべて「女たること」の展覧会みたい
なものである。美しければ美しいほど、彼女はそれを
自分個人に属するものと考えず、何かますます普遍的な、
女一般に属するものと考える。

この点で、どんなに化粧に身をやつし、どんなに鏡を
眺めて暮らしても、女は本質的にナルシストにはなら
ない。ギリシャのナルシスは男であります。

さてこれだけの前置きののちに、本篇の主人公である
痴漢が登場します。

---次回へつづく---

panse280
posted at 19:30

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