2011年12月28日

第20代安康(あんこう)天皇

「古事記・日本書紀のすべてがわかる本」(15)
多田元 監修
gen tada
2011.2.7 初版発行(ナツメ社)

--古事記・下巻--
<第20代安康(あんこう)天皇>
第19代允恭天皇は6人子を設けた。
第20代、安康(あんこう)天皇は3男である。

<第21代、雄略天皇>
雄略天皇は允恭天皇の末子(6番目)である。

兄妹で、1番目の木梨之軽太子と2番目の軽大郎女
が恋いに落ちた。そして木梨之軽太子は、現在の
道後温泉(愛媛県松山市)に流された。
軽大郎女は兄を追っていき、その地で二人で自害
して果てた。

雄略天皇は、第17代履中天皇の第1皇子、および
自分の兄を2人殺して、天皇の坐を奪い取った。
天皇の権威がいかに高まっていたかがわかる。

古事記下巻、日本書紀第14巻にある雄略天皇の記述
は正反対の内容になっている。日本書紀には、恋歌
の記載はなく、即位後も誘いを断った女性を火あぶり
にするなど、雄略天皇は殺戮を繰り返す。

<第22代清寧(せいねい)天皇>
雄略天皇の御子、清寧天皇には、后も子も
いなかった。皇位継承の危機である。

それを救ったのが、
第17代履中天皇の子、市辺之忍歯王の二人の子、
オケとヲケだった。

ヲケが第23代顕宗(けんぞう)天皇となり、
オケが第24代仁賢(にんけん)天皇となる。

オケの御子が、第25代武烈(ぶれつ)天皇である。

panse280
posted at 18:45

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