2011年12月27日

神功(じんぐう)皇后

「古事記・日本書紀のすべてがわかる本」(14)
多田元 監修
gen tada
2011.2.7 初版発行(ナツメ社)

--古事記・中巻--
<神功(じんぐう)皇后>
第13代成務天皇には、男子が生まれなかった。

第14代仲哀天皇は、ヤマトタケルの子である。

神功皇后は仲哀天皇の后である。
(「日本書紀」にのみ「神功皇后紀」という項が)。

神功皇后は、神のお告げによって、海を渡り、
新羅の王を服従させた。

第15代応神天皇は、神功皇后の子である。

参考:大阪屈指の人気神社「住吉大社」は神功皇后
を主祭神として祀り、2011年に御鎮座1800年を迎える。

<仁徳天皇は在任80年以上の聖帝>
第16代仁徳天皇は、応神天皇が設けた子である。

仁徳天皇は4人の子を設けた。

仁徳天皇は皇位に80年以上在任した。
仁徳天皇の長男が第17代履中(りちゅう)天皇で在任5年。
仁徳天皇の3男が第18代反正(はんぜい)天皇で5年で崩御。
仁徳天皇の4男が第19代允恭(いんぎょう)天皇、78歳まで在位。

第17代履中天皇から第18代反正天皇、これが兄弟間に
よる初の皇位継承である。

仁徳天皇は大規模な治水工事で生産性を上げ、民衆にやさ
しく、自らは質素な暮らしをしていた。しかし、浮気癖は
終生なおらず、后のイハノヒメとは、死ぬまで喧嘩していた。
仁徳天皇以降、天皇は「人間」らしくなる。

参考:仁徳天皇陵といわれる世界最大級の前方後円墳
の外周は2718m

panse280
posted at 18:48

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