2011年12月25日

第12代景行天皇の第二皇子・ヤマトタケル

「古事記・日本書紀のすべてがわかる本」(12)
多田元 監修
gen tada
2011.2.7 初版発行(ナツメ社)

--古事記・中巻--
<第12代景行天皇の第二皇子・ヤマトタケル>
景行天皇は即位すると多くの后をめとり、80人を
超える子を設けていた。

ある時、景行天皇は、美人姉妹を見初めて、我が子
オホウスに彼女らを連れてくるように命じた。
しかし、オホウスは彼女ら二人を妻にして逃走した。
天皇はオホウスの弟、ヲウス(ヤマトタケル)に
あとを追わせた。ヲウスはオホウスを殺してしまった。
ヲウスの凶暴性を恐れた天皇は、ヲウスに九州南部を
支配していたクマソタケル兄妹の征伐を命じた。
ヲウスはクマソタケルを討ち取ったさいに、クマソタケル
から「ヤマトタケル」の名を譲り受けた。

景行天皇がヤマトタケルを祀ったのが始まりとされる
建部(たけべ)大社は滋賀県の大津市にある。

<ヤマトタケル>
西征から帰還したヤマトタケルは東国十二国の平定を
命じられた。叔母のヤマトヒメから草薙剣を受け取り
東へ向かう途中、尾張でミヤズヒメという美しい娘と
と出会ったが、先を急ぐので、結婚の約束だけをして
先を急いだ。
「静岡県」では国造に騙され火を放たれるも、草薙剣
で乗り切った。さらに「浦賀水道」では嵐に襲われた
が、同行していた后のオトタチバナヒメが海の神を鎮
めるために海に身を投げて、ヤマトタケルを救った。

ヤマトタケルの陵墓の一つとされている
能褒(ぼ)野王塚古墳は三重県の亀山市にある。

panse280
posted at 18:40

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