2011年07月26日

「トリストラム・シャンディー」(2)

「トリストラム・シャンディー」(2)
夏目漱石 1867-1916
souseki natsume

--明治30年、漱石30才「江湖文学」に発表--

<「トリストラム・シャンディー」(2)>
「(第八巻冒頭に大呼して曰く)天下に書物を
書き始むるの方法は沢山あるべけれども、吾が
考にてはわれ程巧者のものはなしと思ふ、ただに
巧者のみならず、又すこぶる宗教的なりと思ふ、
何故と問て見給へ、第一句はとにかく自力にて
書き下せど、第二句よりは只ひたすら神を念じて
筆のゆくに任じてその他を顧(かえりみ)ざれば
なりと、第一巻二十三篇に曰く、われデタラメに
この篇を書かんと思う念しきりなりと、
・・・
次ぎに笑ふといはんよりは、むしろ驚くといふ方
適当なるべきは、常識の欠乏せる事なり、
・・・
未だ白紙を以て一篇となせる小説家を聞かず、これ
有るは「スターン」に始まる、而して「スターン」
に終らん、
・・・
「スターン」の諧謔は往々野卑に流れて上品なら
ざる事あり、
・・・
学校の教科書としては不適当なるも、膝栗毛七変人
杯よりはかえって読みよき心地す、
・・・
よく笑ふものはよく泣く、「スターン」あに涙なか
らんや、「トリストラム・シャンディー」を読んで
第一に驚くは、涙と云う字の夥多(かた)なるに
あり、
・・・
「スターン」の文章は錯雑なると同時に明快に、
怪癖なると共に流麗なり、
・・・
「スターン」死して墓木(ぼぼく)巳にきょうす
百五十年の後日本人某なる者あり某著作を批評し
て物数寄(ものずき)にも之を読書社会に紹介し
たりと聞かば彼は泣べきかはた笑ふ可きか。」
(明治30年2月9日稿、夏目漱石)

panse280
posted at 20:25

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