2011年07月23日

鴎外の文章,漱石の文章

「決定版 夏目漱石」(29)

江藤淳 1932-1999
jun etou

2006.9.20 第12刷発行(新潮文庫)
(この本の内容は1955-1974に書かれたもの)

<鴎外の文章>
「もとより鴎外は文章家としては漱石にまさること
数等である。鴎外の文章には大体「てにをは」の
間違いがない。言葉のつかいかたも模範的に正しい
ということになっている。日本散文の規範だという
ことになっております。」

「今日にいたるまで鴎外の文章は日本語散文の規範
とされている。しかし私(江藤)にはこれは要するに
鴎外という人が田舎者で、自分のなかから自然に流れ
出て来る文体に自信がなかった結果だろうと思う。
自分の言葉に自信がないから、歴史的用法を調べて
権威づけ、整然と整った文章を書くのです。鴎外に
とっては文章とは流露ではなくてなによりもまず形式
です。
こう考えると、鴎外がドイツ語が得意だったのも、
ひょっとしたら日本語を一種の「外国語」として
習得した経験があったからではないかという気が
して来ます。」

<漱石の文章>
「漱石の文章はまあいいかげんなものであります。
誤字当字を平気で使う。・・・「ひ」と「し」の
区別のつかないような人物がぞろぞろ出て来る。
・・・とにかく漱石には言葉のフォーマリズムと
いうものがありません。・・・描写にしても、
自然描写などは決してうまいとは申せません。けれ
ども、とにかく漱石にはきらいなものの中にでさえ
身を投じてみせるという心意気があります。」

「漱石には文化的優越性に対する自信があったから
です。江戸っ子の教養人たる自分が書けば、言々句々
文章の態をなさぬものはないというぐらいの自信が
漱石にはあった。」

例えば、「草枕」の冒頭の文章(「・・・智に働け
ば角が立つ・・」)を読んでみても、
「漱石という人がどんなに語彙の豊富な、言葉が
ポンポン、次から次へ出てくるように書けた人か
ということがよくわかる。これは饒舌な作家の特徴
です。同時に漱石が理屈っぽい文章を書く人だと
いうこともよくわかります。・・・こういう
理屈っぽい文章で、これだけ饒舌にだらだら書いて
いくという書き方ではふつう小説は書けないもの
です。・・・(それでいて嫌みがない)こういう
奇妙な魅力を持った作家は、ほかにあまり思いあた
りません。」

panse280
posted at 22:15

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