2011年07月15日

漱石小伝(1)

「決定版 夏目漱石」(21)

江藤淳 1932-1999
jun etou

2006.9.20 第12刷発行(新潮文庫)
(この本の内容は1955-1974に書かれたもの)

<漱石小伝(1)>
「漱石は、父50才、母41才のときの子である。」
実家のあった場所は、現在の新宿区喜久井町一番地
で、夏目坂が馬場下町と交差する角の地である。
上記の「夏目坂」を命名したのは父、夏目小兵衛直克
である。

漱石が大学一年の時、末兄の二度目の妻が死んだ。
この女性に漱石は恋愛に近い感情を抱いていた。
「彼女の記憶はおそらく「行人」のお直や、「それから」
の三千代の上に投影されている。

「彼(漱石)が愛情を抱いた女は、みな死ぬか姿を
消すかした。」

「漱石が鏡子と結婚した翌年、父、直克は84才で死んだ。
仕送りの必要から解放された漱石は経済的にゆとりが
できた。」
(私注:父が84才で死んだのが明治30年、漱石30才で
あるとするなら、漱石は父が50才ではなく54才の時の
子ではないか?)

<漱石の偉大さ>
「漱石の偉大さは、自分の存在のあらゆる襞(ひだ)
のすみずみに、嫌悪すべき「生」の原形質をあえて
浸透させてはばからなかったところにあるといって
よい。彼と並び称される森鴎外には、こういう「生」
の受容はなかった。」

「漱石はたしかに恐ろしく孤独な人間であったが、
彼の作品世界はかならずしも人を孤独にはしない
のである。」


panse280
posted at 19:01

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