2011年05月21日

歴史小説

「評伝森鴎外」(9)

山室静 1906-2000
shizuka yamamuro

1999.4.10 第1刷発行(講談社)

<歴史小説>
鴎外の史伝に議論が起こった。それは小説で
あるか?鴎外は言う。
「私は史料を調べてみて、その中に窺はれる
「自然」を尊重する念を発した。そしてそれを
猥に変更するのが厭になった。これが一つで
ある。私は又現存の人が自家の生活をありの儘
に書くのを見て、現在がありの儘に書いて好い
なら、過去も書いて好い筈だと思った。これが
二つである。」
(「歴史其儘と歴史離れ」)

<遺書としての「なかじきり」>
「なかじきり」(鴎外55歳)後、作品としては
「北条霞亭」を書き継いで完結したにとどまる
から、事実上これが一生の総決算となる。

「わたしの多少社会に認められたのは文士として
の生涯である。・・・哲学においてはハルトマンの
無意識哲学に仮の足場を求めた。恐らくは幼い時
に聞いた宋儒理気の説が無意識の記憶として心の
底に残っていて、針路をショウペンハウエルの
流派に引きつけたのであろうか。・・・わたしには
初めより自己が文士である、芸術家であると云う
覚悟はなかった。・・・たまたま水のほとりに
いたために釣ったごときものである。・・・
わたしは終始、道楽・趣味をもって人に知られた。
・・・これが過去である。」
(「なかじきり」の意訳、抜粋)
残りの生涯は、考える小児(自分)になんのオモチャ
で遊ばせるかである。現在のオモチャは伝記(史伝)
である。なぜかは自分でもわからない。ただ支那人
の作る伝記とはその動機が違うように思う。
現在はこのようなものである。

panse280
posted at 21:36

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