2011年04月21日

世界認識を始めた日本

「侵略の世界史」(25)
清水馨八郎 1919-
keihachiro shimizu

2010.7.10 第11刷発行(祥伝社)

<世界認識を始めた日本>
イギリス産業革命、フランス革命、封建社会から
資本主義社会へと世界は動いていた。
世界中でただ一国、日本で国旗をはためかす
オランダを占領しようとイギリスは1808年、
イギリス軍艦フェートン号にオランダ国旗を
掲げて長崎に入港した。
このフェートン号事件は、日本人にイギリスの
強暴さを認識させ、さらに広く海外情勢に注意を
向けさせることになった。以後日本では、フランス
革命やナポレオンに関する研究が盛んになった。

アヘン戦争で清があっけなく敗れたことに日本の
危機を感じた長州の高杉晋作は上海に渡り、アヘン
戦争の惨状を視察し、国防の必要性を強調した。

1858年、日米修好通商条約を締結。これをみて、
オランダ、イギリス、フランス、ロシアからも
同様の不平等条約を締結されられた。
フランスは幕府を、イギリスは反幕府派を応援し、
動乱を煽動し、国体の弱体化をはかった。
イギリスは「生麦事件」の報復で薩摩(鹿児島)
を攻め、英米仏蘭の4カ国連合は長州(山口)を
攻めた。
日本は薩長同盟によって、日本を一つにし、国難
に向かったのである。

panse280
posted at 19:25

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