2011年04月12日

アパルトヘイト

「侵略の世界史」(16)
清水馨八郎 1919-
keihachiro shimizu

2010.7.10 第11刷発行(祥伝社)

<アパルトヘイト>
南アに250年前に入植した白人はオランダ人
である。1795年、イギリスはオランダ人から
南アを奪った。追い出されたオランダ人は
北上して、ズール国やマタベレ国を占領し、
トランスバール共和国とオレンジ自由国を
樹立した。
その後、そこからダイヤモンドや金が発見され
た。それを見て、イギリスは乗っ取りをはかった。
これがボーア戦争(オランダ人は英国戦争と呼ん
でいる。ボーアとはオランダ語で「百姓」)

その結果、イギリスが勝利して、オランダ人は
極貧層に転落したが、今度は彼らは仇敵の英国人
と協調して、アフリカ黒人の徹底的な収奪による
貧困からの脱出をはかった。これが悪名高い、
「アパルトヘイト」である。
白人は、結局白人だったのである。

アパルトヘイトが制度として南ア共和国に
確立したのは1950年代。
南アの黒人は2500万人。白人は500万人。
賃金は白人100に対して黒人25.
南アの土地の90%は白人が所有している。

1990年、デクラーク白人政権は、長年投獄して
いたマンデラを釈放して、アパルトヘイトの
廃止に踏み切った。
1994年、初めての黒人政権、マンデラ政権が
成立した。

<アフリカの悲惨は計り知れない>
アフリカには文字はない。収奪の記録はみな
白人の提供したものである。もしアフリカに
文字があったら、悲劇の数字はいかなるもの
になっていたのか想像もできない。

panse280
posted at 19:54

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字