2010年08月20日

IHIエアロスペース

「誰も語らなかった防衛産業」(7)
桜林美佐 1970-
misa sakurabayashi

2010.8.10 発行(並木書房)

<小松製作所>
大正10年、吉田茂首相の実兄が創設。
建設機器で有名な会社である。
ここの特機事業本部は防需部門を担当し、弾薬
や車両をほぼ100%自衛隊に供給している。
(戦前戦中は陸軍向け高射機関砲弾やしりゅう弾
を生産していた。)同社に占める防需の売り上げ
は2-3%程度。大綱で3割削減方針なので、存続が
危ぶまれている。

<IHIエアロスペース>
前身は中島飛行機原動機工場、大正13年創業。
100%官需、「防衛省」(60%)、「宇宙航空研究
開発機構(JAXA)」が主なお客様。
昭和36年、プリンス自動車工業として営業を開始、
翌年には空自の70ミリロケット弾を生産、昭和41
年、日産自動車と合併。昭和45年にL-4Sロケット
5号による我が国初の人工衛星「おおすみ」の
打ち上げに成功、翌年からは70式地雷原爆破装置
の生産開始。昭和60年、M-3S?ロケット1号機・
2号機によるハレー彗星探査機「さきがけ」
「すいせい」の打ち上げに成功、翌年、H-1ロケット
1号機を打ち上げ、海自のチャフロケット弾MK182
MOD1Jの生産も開始した。
平成6年、多連装ロケットシステムの生産を開始。
平成10年、カルロス・ゴーン氏が日産の最高責任者
になると、同氏の合理化政策により日産の防衛・
宇宙部門は事実上切り離されることになった。
防衛・宇宙部門は平成12年に石川島播磨重工業傘下
のIHIエアロスペースとして営業を開始した。
平成15年から情報収集衛星など、安全保障の分野
での活用も想定されていたが、「事業仕分け」によって
「不適切」と判定され、事業廃止となった。

かってM-Vロケットの開発に携わった人が50代という
今、技術者として脂が乗っている時期に何も作らない
ことになる。

panse280
posted at 20:19

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