2010年08月12日

西郷隆盛と二宮尊徳

「二宮尊徳」(23)
武者小路実篤 1885-1976
saneatsu musyakouji

昭和31.7.30.初版(角川書店)

<西郷隆盛と二宮尊徳>
明治四年秋、西郷は、大蔵大丞の一官吏にすぎない
渋沢栄一を訪ねた。渋沢は大西郷と自分とのあまりに
大きい身分の差に恐縮した。用件は、大蔵省が相馬藩
の興国安民法を廃止しようとしているが、惜しいので
存続できるよに取りはからってもらえないか、という
ことだった。本来なら、大蔵大輔の井上侯に話される
のが本当であるが、実務をやっている渋沢のほうが
手っ取り早いと、西郷が考えての事だったらしい。
渋沢は「二宮尊徳先生の遺された興国安民法は、日本
にとって必要なものである。相馬藩、一藩の為に心を
労されるのは、本末転倒・・・」と西郷に意見した。
西郷は「そうか」と頷いて、大笑して帰った。
「私(渋沢)の無礼も咎めずに帰られたが、その
寛仁な態度は実に敬服の至りであって、大抵の人なら
ば末輩の私ごときからかくのごとき無遠慮の理屈を
並べられたら大いに立腹されぬまでも不満の色を表す
であろうに、大西郷は少しもさういふ気振りも見せず、
笑って帰られたのである。而して相対している間も、
何とはなしに人を魅する大きな力があった。」」
(「青淵(渋沢)回顧録」)

「これによると渋沢の方が日本全国に尊徳の教えを
実行したく思っているように見える。
・・・その後西郷が尊徳の弟子に逢いたがり、玄関
にはだしでおりて座敷に招じ、その話をきいて感心
しらのは事実らしい。・・・このことは報徳会の
佐々井氏からきいた。」(実篤)

panse280
posted at 20:18

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