2010年04月07日

平田篤胤の古道

「本居宣長(上)」(39)
小林秀雄
hideo kobayashi
1902-1983
平成4.5.25.発行(新潮社)

<平田篤胤の古道>
宣長の死んだ年に宣長の書物を読み感動して
没後入門した篤胤は、その意を引き継いだと
信じて「霊(たま)の真柱(みはしら)」を
書いた。

「篤胤の古道は、宣長の「直毘霊(ナホビノミ
タマ)」の祖述から始まったが、やがて「霊の
真柱」で、独特の神道を説くに至った。
宣長は、我が国の神典の最大の特色は、天地の
理などは勿論の事、生死の安心もまるで説かぬ
というところにある、と考えていた。
・・・
そういう道なき道、理なき理の趣を捕らえた
「直毘霊」の非凡な着想に、篤胤は深く心を
動かされた。
・・・
宣長も真淵も「文事」の限りをつくした人で、
其処で、「やまと魂」という言葉は捕らえられた。
・・・
ところが、篤胤の仕事では、この文事の経験と
いうものが、全く脱落しているのだ。
・・・
宣長から篤胤に引継がれて、国学が、にわかに、
「やまと魂」とか「やまと心」とか、口やかま
しく言うようになったのは、その為である。」

「解りやすく説教して、勉学を求めぬところが、
多数の人々を惹きつけ、篤胤神道は、一世を
風靡するに至った。」

panse280
posted at 20:18

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