2010年03月25日

一身を失う覚悟

「本居宣長(上)」(26)
小林秀雄
hideo kobayashi
1902-1983
平成4.5.25.発行(新潮社)

<一身を失う覚悟>
「「物の哀をしる」とは、理解しやすく、扱い
やすく、持ったら安心のいくような一観念では
ない。詮じつめれば、これを「全く知る」為に、
「一身を失ふ」事もある。そういうものだと
言いたかった宣長の心を推察しなければ、彼の
「物のあはれ」論は、読まぬに等しい。」


<メモ>
・「源氏」の最も古い評論は俊成女の作「無名草子」
・初めてのまともな評価は、俊成の歌合判詞、
「源氏見ざる歌詠みは、遺恨の事なり」に始まった。
・契沖も真淵も「湖月抄」から「源氏」に近づいた。
・「河海抄」は「源氏」研究の「至宝」と宣長は言った。
・源氏という人物の、辛辣な品定めをした最初の人は
契沖であった。
・万葉主義者の真淵は「源氏」を軽んじた。
・鴎外、漱石は「源氏」に無関心。
・谷崎は「源氏」研究の成果として「細雪」をかいた。
谷崎は源氏という人物も紫式部にも反感をいだいていた
が、「あの物語を全体として見て、やはりその偉大さ
を認めない訳にはいかない」と述べている。

panse280
posted at 21:54

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