2010年03月22日

「あはれ」が「悲哀の意」になったわけ

「本居宣長(上)」(23)
小林秀雄
hideo kobayashi
1902-1983
平成4.5.25.発行(新潮社)

<物のあはれ>
「「あはれ」も「物のあはれ」も「同じこと」だ
(玉のをぐし)と宣長は言う。
・・・
「阿波礼といふ言葉は、さまざまいひかたはかはり
たれ共、その意は、みな同じ事にて、みる物、きく
事、なすわざにふれて、情(こころ)の深く感ずる
ことをいふ也。俗には、ただ悲哀をのみ、あはれと
心得たれ共、さにあらず、すべてうれし共、おかし
共、たのし共、かなしとも、恋しとも、情に感ずる
事は、みな阿波礼也。されば、おもしろき事、おか
しき事などをも、あはれといへることおほし」
(石上私淑言)

<「あはれ」が「悲哀の意」になったわけ>
「嬉しき事、面白き事などには、感ずること深からず、
ただ悲しき事、憂き事、恋しき事など、全て心に思うに
かなわぬ筋には、感ずる事、こよなく深きわざなるが
故」なり。

panse280
posted at 19:48

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