2010年02月15日

こわばったものは滑稽(こっけい)である

「小林秀雄全作品・別巻感想(上)」(7)
--未完のベルグソン論--(1958)
小林秀雄
hideo kobayashi
1902-1983
平成19.3.10.2刷(新潮社)

<こわばったものは滑稽(こっけい)である>
「せむしが、諸君の前を通る、ただ眼だけを使って、
眺め給え、反省してはいけない、特に推理などしな
いで置き給え、先入観を抹殺し給え、直接な印象だけ
を求め給え、そうして得られるヴィジョンを吟味すれ
ば、それは、強張って、ある姿になろうとしている
人間、言ってみれば、顔をしかめる様に、身体をしか
めている人間、まさにそういうヴィジョンであろう。
この種の実験を重ねていると、まともな格好をした
人間が、真似してみせる事の出来る不格好は、滑稽に
なる事が出来るという法則に導かれるであろう。」

「美人にせよ、醜男にせよ、表情的な顔を笑う事は
出来ない。・・・(その表情を)誰が真似してみら
れよう。ひょっとこ面は表情ではない。・・・
顔を強張らせているのである。」

補記:強張っているものは真似することができる。

「喜劇は、社会生活に対する強張(こわば)りと呼んで
差支えないもので始まるのである。」

笑いは、社会の”こわばり”をほぐす行為である。

panse280
posted at 20:08

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