2010年01月29日

芥川龍之介

「芥川龍之介」(1)
小島政二郎
masajiro kojima
1894-1994
2008.8.10.1刷(講談社文芸文庫)

何故、この本を興味深く読めたかというと
「芥川龍之介」に関して、岡潔と萩原朔太郎の
言葉に私も共感していたからだ。
小島氏が芥川全集に関わったとき、漢字にルビを
ふろうと思っても読めない。そんな時、読んでく
れる人が唯一人いた。幸田露伴である。
小島氏は、この本の中で、芥川の悲劇を二つあげて
いる。一つは、養子だったこと。もう一つは小説家
になったこと。

<岡潔が語る、芥川龍之介>
「私の好きな文学者をあげれば、まず芥川、漱石、
そして芭蕉ということになる。」

「芭蕉を最初に紹介してくれたのは芥川の「芭蕉雑記」
である」

「人の世の底知れぬさびしさも自他対立自体から来るら
しい。その辺のところを芥川はよく知っている。」

<萩原朔太郎が語る、芥川龍之介>
「僕の好きな文章家は、昔から森鴎外と芥川龍之介の
二人であった。二人の文学上の傾向はちがっているし、
芸術品としての内容価値でも、必ずしも僕が私淑すると
いうわけではないのであるが、文章そのものが明晰であり、
如何にも簡潔で解りよい点は好きなのである。」

「芥川龍之介は一代の才人であり、琴棋書画のあらゆる
文人芸に達した能士であつたが、その俳句は、やはり多分
にもれず文人芸の上乗のものにしか過ぎなかつた。僕は氏
の晩年の小説(歯車、西方の人、河童等)を日本文学中で
第一位の高級作品と認めてゐるが、その俳句に至つては、
彼の他の文学であるアフオリズム(侏儒の言葉)と共に、
友情の割引を以てしても讃辞できない。」

「当時私は、芥川君の作品を愛読して居た。・・・
その読後感は、いつも自分の期待を裏切り、甚だ物足らな
いものが多かった。単に物足らないというだけでなく、
何かしら自分の反感をそそり、或る漠然たる怒りを感じさ
せるものがあった。
・・・
最近、偶然また芥川全集を通読して、古い疑問への解決を
発見した。
自分が改めて読んだものは、「将軍」「糸女覚え書」「或る
日の大石内蔵助」等々であった。何れも皆、一気に読み終った
ほど面白かった。しかもその読後に残った感想は、何かの或る
漠然たる、物足らなさの不満であった。しかもその不満の底
には、前にアフォリズムを読んで感じたような、同じ種類の
道徳的反感が実在して居た。
 そこで初めて、自分は一つの原理に到達し得た。つまり
この作者の場合では、対象への「同情」(シムパシイ)が欠け
ているのである。
・・・
 芥川龍之介の小説やアフォリズムに対して、自分の漠然と
感じた不満は、実にこの文学的モラリチイの欠乏から来る不満
であった。乃木大将に対しても、ガラシャ夫人に対しても、
作者は何の共感も感じて居ないのである。
・・・
自分がそれに対して、漠然たる道徳的反感(良心の怒り)を
感じたのは、つまり自分の中のストイックな芸術家が、許し
がたい魂の冒涜を、それの中に見たからであった。」


panse280
posted at 21:13

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